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幸せの仕組み

人は皆誰でも幸せになりたいと願っている。不幸を望む者など一人としていやしない。しかし、現実には、自分が不幸だと思う時は多々あるが、自分が幸せだと思う時は少ない。このギャップは何故生じるのだろうか。そもそも幸せって何だろうか。

誰でも幸せになるために名誉、財産、健康、友達、愛情等々を求める。その目標の結果を得たときに満足感と幸福感を感じるが長続きはしにくい。いつも、「自分だけの・・・」「物理的な価値のある・・・」を求めているから。単に、お金や物を集めてみても、結果としてそれだけでは幸福にはなれない。1では不満だが10で満足する。10にはすぐ慣れ不満となり100で満足。100にはすぐ慣れ・・・の繰り返し。人間は順応性が高いから価値観が相対的に変わり、いつまでたってもゴールにたどり着かない。

一方、自分が不幸だと思うことは病気、怪我、破産、死別、失恋等々数え上げたらきりがない。骨折しても、その時はついていない、不幸だと思っていても、十分な時が経つと、骨折した部位を擦りながら妙に懐かしい少し幸せな思いを感じることもある。不幸は必ずしも不幸であり続けるとはいえない。時として幸せにも転化することもある。

「他人のために・・・」が自分に跳ね返ってくる。
自分が一歩引いて相手に譲れば、相手は少し幸せな気持ちになり、相手のその気持ちが自分に跳ね返ってきて自分も少し幸せな気持ちになることが出来る。相手は、自分と同じ立場になった時同じように一歩引いて譲れば、またその相手も少し幸せな気持ちになり、幸せの連鎖が続いていく。しかし、初めに自分が相手に一歩先を越せば、相手はムッとし不機嫌になり、自分はその不機嫌さを感じ取り、自己嫌悪に陥り自分自身も不機嫌になっていく。
ほんのちょっとした個人の行為が波紋のように周りに拡がっていく。幸せの波紋も、不機嫌の波紋も。こんな波紋が折り重なりあい、大河の如く流れているのが、世の中の日常。
一人ひとりが、ほんのちょっとした気持ちで一歩引けば、世の中はガラッと良くなるのだが。

幸せ」とは、単に物理的にものを獲得した結果ではなく、他人のために一生懸命した行為に他人が喜んでくれたこと自分は幸せと感じさせるように、「与えることにより得られる仕組み」にもなっている。

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